集客コンサルタントのプロフィール

集客の仕組みづくりをサポートします。

『集客』とは、いったい何なのか?

初めて聞いたときには、正直に言って、何のことか解かりませんでした。

私は以前、広告代理店の営業をしていましたので、『集客』については特に、考えたこともありませんでした。

例えば、

スーパーのチョコレート売り場を想像してください。

チョコレートを売っている面積はいつも同じです。

この決まった面積内でいかに多くの新商品を 陳列できるかを考えるのです。

陳列スペースが多ければお客様の視認性も向上しますし、 多く置かれている商品は、人気のある商品と思われがちなので、 より売れるのです。

メーカーは、このスペースを確保するためにTVCFを 流したり、雑誌・新聞に広告を掲載するなどします。

このことにより、その商品は、消費者の認知度が上がります。

そこで、お店のバイヤーに陳列スペースを多く取って もらうように要求するのです。

バイヤー側も認知度の高い商品は売れることを知っているので、よほどのことがない限り、メーカーの要求を受け入れてくれます。

『集客』については、完全にお店任せです。

逆に言うと、 集客力のないお店には、話を持っていかないのです。

このように、売場スペースの確保をするための販売促進が 主な仕事内容だったので、『集客』については考える必要が なかったのです。

ではなぜ、『集客』に取り組むようになったのか。

興味のない方は読み飛ばしていただいて結構なのですが、お客様からもよく聞かれますのでお話します。

私は、大阪市の住吉区で生まれ育ち、社会に出て印刷会社に入社しました。というのも、父が小さな印刷工場を経営していたからです。

いずれは、父の跡を継いでやっていくつもりでした。

だから、何でも自分の目で見届けることができる、 規模40人程度の印刷会社を選びました。

3年で仕事を覚えて帰ろうと思っていました。 幸いなことに、次から次へとステップアップできる仕事に 出会えて、2年で仕事を覚えることができました。

しかし、ある時、印刷業で会社を大きくしようと思えば、 機械を買って、工場を建てて…と何億円も投資しなければいけないことに気づいたのです。

でも、そんなお金があるはずがありません。

それに、段取りを考えることが中心で、企画などは考えない 仕事にも嫌気がさしていました。

当時、お客様の中に広告代理店がありました。

こちらでは、パンフレットやチラシなどの印刷物は 印刷会社から仕入れます。

当然、印刷会社よりは高い価格で販売しています。

それなのに、広告代理店のお客様は、価格が高いことを 承知の上で、仕事を依頼するのです。

どうして安い印刷会社に依頼しないのだろうという 疑問が沸いてきました。

広告代理店の方にその疑問を聞くと、親切に教えて くれるのですが、当時の私の知識では理解することが できませんでした。

それならば、その答えを知るために広告代理店に 入ってみよう、印刷とは違ってお客様のためにいろんな企画を 考えるのも楽しいのではないか。

そして、それが将来の自分のスキルアップになると思い、 転職することにしました。

そして、3年で仕事を覚えて独立することを目標にしました。

最初の頃は上司から「お客様の立場で物事を考える習慣を身に付けるように」 と言われました。

簡単なことのようですが、一朝一夕でできることではありません。

しかし、これができなければ、お客様に満足していただけず、 長いお付き合いもできません。

ですから、広告について必死になって勉強しました。

それまでは印刷のことしか知らなかったので、勉強するのは大変でした。

TVCF・ラジオ・新聞・雑誌などは誰もが知っている広告です。 ペン1本に名前を入れて配るのも広告だと知ったときは、 「えっ!こんなものまで広告に使えるのか?」と驚いたものです。

広告の知識を吸収するにつれ、徐々にお客様の役に立つ提案も できるようになりました。

そうすると、今までの苦しかった時とは逆に、 仕事が楽しくなりました。

そうして、3年経った頃、数件のお客様から 「独立して会社を起こしたらどうか。仕事は今まで通り仕事を 出してあげるから」と言われるようになりました。

これをきっかけに、同僚と2人、共同で会社を立ち上げて 独立することにしたのです。

立ち上げ当初は、何とか仕事もいただけましたが、それだけでは 立ち行きません。会社運営には予想以上の経費が必要でした。

仕事の合間を縫っては、飛び込みで会社廻りも続けましたし、 チラシを作っては、夜な夜なポスティングにも行きました。

正直言って、辛かったし、悔しかったです。 「いつまでこんなことを続けなければいけないんだろう。」と思うと、 「起業なんか止めればよかった。」と何度思ったか知れません。

しかし、よく考えてみれば当たり前ですよね。

実績もなく、どこの誰かもわからない相手に、一円の仕事だって 任せてくれるわけはないのです。

「もう、ダメかもしれんな。」と二人で話したことも幾度もありました。

一年もがんばっていると少しずつお客様も増え、何とか 生活できるだけの給与を取れるようになりました。

この頃は、すべてのお客様に感謝しました。

だから、無理な注文でも何とかしようとがんばりました。

何とか軌道に乗り始めたのは、5年目に入った頃からです。 仕事も順調に推移し、事務所も変わり、従業員も 雇えるようになりました。

しばらくは、それ以上会社が大きくなるわけでもなかったのですが、 それなりに平和な状態が長く続きました。

ところが、そんな平和はいつまでも続きません。

10年目を迎えた時に、メインクライアント(上場企業)が 倒産しました。引き受けていた仕事もかなり多かったので、 台所事情は急転直下。

協力会社に支払いもできない状態になってしまいました。

さすがに、このときは「もうだめだ。」と腹をくくりました。

ところが、協力会社が支払いを分割で受けてくれることになり、 なんとか倒産は免れました。

それでも、メインクライアントがなくなったわけですから、 売りが立ちません。

給与は3分の1にカットしましたので、生活のできる状態では なくなりました。預金を崩して、何とか生活していました。

この頃から「大手企業もいいけれど、たくさんの企業との取引も 必要だ。」と考えるようになりました。

けれど、どうすればいいのかわかりませんでした。

「広告のご用命はありませんか?」と営業しても仕事には ならないことは、過去の経験からわかっていました。

こんなことで悩んでいた時に、たまたま、書店で手にした本に 『集客』のことが書かれていました。

「何だそれは?」と思いつつも読み進めて行くと、集客について 悩んでいる企業が多いことがわかりました。

「これだ!これをマスターすれば、多くのお客様と付き合うことが できるぞ!」私は、魔法の杖を手にした気分でした。

まずは、『集客』関連の本を読みあさりました。

当初は、月に10冊の本を買い、最低5回は読み直しました。

また、ノートにもまとめて、自分なりに体系化していきました。

セミナーにもできるだけ時間を取って行くようにしました。

仕事の時間とは別に『集客』の勉強にも時間が必要だったので、 睡眠時間も削り、忙しい日々が続きました。

ラッキーだったのは、広告の知識を持ち合わせていたので、 その点はすぐに理解ができたことです。

勉強を始めて3ヶ月した頃から、自分のお客さんを 獲得できるのかを試し始めました。 /p>

それまでは、2~3行の文章を書くのがやっとだったのですが、 『集客』するためには、とにかく書かざるを得ませんでした。

書き始めた頃は、毎日が悪夢のようでした。

一行書いては消し、また書いては消しの繰り返しです。

便箋1枚書くのに一日かかるというありさまでした。

しかし、今思い起こすと、 「集客をマスターするしか生き残る道はない」という強い覚悟が あったから、取り組むことができたのだと思います。

苦労の末、ようやくお客様にアプローチするためのFAXDMの 原稿と、資料請求があったときに使う小冊子ができたのです。 この間、約2ヶ月です。

いよいよFAXDMを流す日は、神様にすがる思いでした。

「どうか資料請求がありますように!」と。

その日は、150件のお客様に一枚一枚流しました。

結果3件の資料請求があったのです。

なんと2%の戻りです。

読んだ本には、1%取るのは至難の業とあったので、 この反応に、自信がついたことも確かです。

このように、毎日FAXを流しては、資料請求を取りました。

資料請求してくれた会社には、電話を入れてアポを取り、 営業に伺いました。

そして、3ヶ月で10件のお客様を獲得しました。

広告業界では、1年に1~2件の新規が取れるかどうかと 言われていましたので、この数字を見た時は、 「これなら、やれる」と思ったものでした。

新規にお付き合いを始めたお客様と、 早速「集客の仕組みづくり」に取り組みました。

始めてみるとある共通点が浮かび上がってきました。

それは、極力予算をかけずに広告物などを 作らなければいけないということです。

その当時の私の会社は広告会社です。 十分な広告制作費をいただかなければ利益が上がりません。

この矛盾をどうしたら解決できるのか。

またまた、悩んでしまいました。

悩んだ挙句に、共同経営者と話し合い、会社を辞めることにしました。 そうして立ち上げたのが、有限会社マインドアイです。

立ち上げた時の想いは、 『お客様が持っている、よい商品・よいサービスを小予算で 広めることのできる「集客の仕組みづくり」をアドバイスして、 お客様の利益が出るようになればいい』ということだけでした。

もちろん、この想いは今も変ることはありません。

当初は、まったくお客様がありませんでしたが、過去の経験から、 3ヶ月もあればお客様は獲得できると安易に考えていました。

ところが、立ち上げ当初は営業ができる状態ではなかったのです。

経理に始まり、社内の諸事を片付けなければ、仕事が入ってきた としても取りかかれません。

思えば、前に会社を立ち上げたときには、経理のプロの方に お手伝いして頂いたので、営業に出ている間にも社内の諸事は 整っていっていました。

これは、大誤算でした。

やっと落ち着いたのは、4月に起業して7月も半ば、もうすぐ お盆というときでした。

この時期は、どこの会社も納期に追われています。

ですから、新規の営業をしても、効果はありません。

仕方なくお盆が明けるまで新規の営業は断念しました。

しかし、お盆明けすぐに営業ができるように準備だけは 整えておきました。

こうなると困るのは資金です。

どう計算しても、お盆明けから2ヶ月分しかありません。

ですから、気持ちはあせる一方でした。

起業して、何もせずに会社を閉めるわけにはいきません。

お盆明けすぐに、必死になって営業しました。

FAXDMや電話、ポスティングにインターネット、あらゆるものを 使って営業しました。

頭を最大限に使ったのは、紙面づくりや文面づくりでした。

この出来次第で、資料を請求していただける数が大幅に 変ってくるからです。

その甲斐あってか、1ヶ月で5件のお客様を獲得することができ、 何とか寿命を少し延ばすことができました。

この活動を半年続けて新規のお客様を獲得し、何とか 資金問題を解消することができました。

2年目は、前年の流れを受けて好調でした。

コンサルティング・広告制作だけではなく、雑誌への執筆、 各種会合での講演の依頼もあって、大忙しでした。

お陰でスタッフも1名、増やすことができました。

来期は飛躍できると大きな期待を持っていました。

ところが、期待とは裏腹に、自分自身が体調を崩して、 検査を受けることになりました。

レントゲンを撮ると肺に影があるととのことで、細胞検査に 始まり精密検査。

それでも原因が解からず、PET検診まで受けました。

しかし、なお原因はわかりません。

ところが、左胸の横は、日に日に腫れて大きくなってくるのです。

さすがに、このときばかりは、観念しました。

会社はどうなるんだろう。

自分の体は何か重い病気なのだろうかと日々悶々として、 最悪のシナリオが頭の中で交錯していました。

結局、原因が解からないので、切開するしかないと言われ 手術することになりました。

手術の当日は、麻酔をしてからしばらくして意識がなくなり、 気がついた時には、ベッドの上で横になっていました。

側には妻がいて「病名は結核だ」と教えられました。

肺と胸膜の間に、微量に結核菌があったとのことで、 胸骨も3cmほど切除しました。

最悪の状態ではなく、ホッとしたのと同時に、横になっている 場合ではないと立ち上がろうとしましたが、体はいうことをきかず、 首をもたげることさえできませんでした。

しかし、1週間もすれば、普通に寝起きができるようになり、 10日目には退院することができました。

ところが、家と病院とでは、体にかかる負担がまったく違いました。

普段の生活をしようとしても、体にかかる負担が大きく、 少し動くだけで疲れました。

会社にも出社しましたが、デスクワークはできても営業に 出ることはできませんでした。

営業に出られるようになったのは、退院後1ヶ月ほどしてからです。

ですから、入院前後の2ヶ月間くらいは、営業活動ができていません。

当然、先の仕事も見えていない恐ろしい事実が目の前にありました。

起業当初に用意した資金は、底をついていました。

再度、借り入れをするしかありません。

それでしばらくは凌げたものの、仕事の絶対量が少ないわけですから、 年末には無くなってしまいました。

「どうしようか」と途方に暮れてしまいました。

一人でがんばっても、たかが知れています。 スタッフみんなの力を合わせなければ、この局面は乗り切れないと 判断し、会社の事情をすべて話しました。

これで一致団結して、局面を乗り切れると思いました。

私も今まで以上にがんばったつもりだったのですが、先頭に立って 旗を振っても一向に指揮は上がらず、業績は向上しませんでした。

このままでは、倒産どころか、家まで無くしてしまう。 家族に多大な迷惑をかけてしまう。

何とかしなくては。

毎日のようにこんなことを考えていました。

また、月末が近づくと、支払いのことで頭がいっぱいになり、 胃が痛くなりました。

こんなことを繰り返し、半年が過ぎました。

お盆休み中に「どうしたら、会社を立て直すことができるのか」と 自問し、その方法を考え抜きました。

そうして、出した結論が「スタッフの解雇」でした。

今まで、人を辞めさせたことがないので、どのように話したらいいのか わかりません。

ありのままを話すのが一番と思い、休み明けすぐに話しました。

皆、うすうすは「会社がダメかも」と感じていたようです。

「解雇」とは思っていなかったようでしたが、一応は納得してくれました。

それからが大変でした。

営業方針を切り替えて、利益が出る体質にするために建て直しを 図りました。

自分自身の給与もカットし、経費は無駄を失くしました。

これにより、固定経費がスリムになり、何とか業績を 立て直せると判断しました。

そうして、地道に営業活動を続けていくと 「ホームページを見ました。」「いつもメルマガを読んでいます。」 というお客様が仕事の依頼をしてくれるようになりました。

それだけではありません。

弊社で取り扱っているニュースレターのひな型の販売も 順調に伸び、固定利益が徐々に上がりました。

今ではお陰さまで、業績は好調で、定期的な仕事や、 コンサルティングの依頼も増えてきました。

最近は、特にコンサルティングの依頼が多くなっています。

近郊では、訪問しての直接のコンサルティング。 遠方の場合は、電話によるコンサルティングです。

私がアドバイスするのは「集客の仕組みづくり」です。

集客をルーチン化すると、集客について頻繁に考えなくて よくなります。

仕組みができてから考えることは、リピート客、 つまり常連客を増やすことだけです。

そうすれば、確実に売上は上がります。

このようなコンサルティングをすると、お客様の業績は、 関わった当初から比べると格段に上向いてきます。

しかし、「集客の仕組みづくり」をするのに、何も特別なことは していません。

当たり前のことをしているだけです。

それでも、お客様は「こんなに業績が伸びるなんて」とおっしゃいます。

逆に言えば、当たり前のことをしていない会社が、 かなり多いということです。

こんなに喜んで頂けるのなら、この「集客の仕組みづくり」を もっと広めよう。そして、多くの方に利用していただけるように しよう、と普及活動を始めたのです。

これが『集客』に取り組んだ経緯です。

代表取締役 椋本 庄治

集客コンサルタントとして、
みなさんの集客立案をご支援いたします。

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